フィリピン留学でTOEIC785点までアップさせ、マレーシアの物流企業・営業職にて内定!Yoshiakiさんの海外就職活動体験談(前編)

yoshiaki

名前 Yoshiakiさん
年齢 20代後半
留学期間 18週間
留学時英語力 TOEIC555(L290:R260)⇒TOEIC785(L425:R360) 230点アップ!
就労国 マレーシア・物流系企業の営業職へ内定!

サウスピーク卒業後、マレーシアの物流系企業にて営業職として働くことになったYoshiakiさん。Yoshiakiさんは、海外就職プランを利用され、海外就職を実現されました。今回は前編・後編に分けて、プランでやったこと、サウスピーク留学でやったことについて詳しくお話伺いしました。

Yoshiakiさんの海外就職活動の流れ

3月 海外就職アドバイザーの面談を通じて書類作成開始
5月 サウスピーク卒業
6月 Skypeを通じて面接〜渡航後の面接

マレーシアでの滞在期間・・・10日間
面接数・・・4社面接予定、3社面接、1社内定

30歳を目前にして、「英語を使って海外で働くこと」にチャレンジしたかった

ーマレーシアの企業への内定おめでとうございます!まずは、海外就職の経緯から教えて頂けますか。

前職がとある業界の代理店だったのですが、その業界自体、規制産業であり、国の経済状況がよく反映されるものでした。会社で働いていくなかで、いかに国際社会における日本の地位が下がっているのか、がよくわかる出来事がいくつもありました。それで、このまま日本で同じ会社でずっと働くのは危険かな、と思い、次のステップへ踏み出すことを決めました。

会社自体も、社員の平均年齢は40〜50代であったことにも起因しているのでしょうが、前向きなチャレンジができない環境でした。これといった不満はなかったのですが、「チャレンジするなら20代後半の今しかない」と考えるようになったんです。そこで「どうせなら、英語を使って海外で働くことにチャレンジしてみたい」と考え退職し、サウスピークに留学、その後海外就職することにしました。

多くの方がおっしゃるかもしれませんが、私も成長している環境に身を置いてチャレンジしたいという想いががあって、海外就職を志したクチです。まったく日本とは違うでしょうし、そういった場所でチャレンジしたかったです。

国選びの基準は、生活のストレスが少なく、長く働けそうかどうか

ーーありがとうございます。そうしてサウスピークに来られましたが、海外就職プランでは、どういうことを行われたか教えていただけますか

サウスピーク卒業2ヶ月前から、応募書類(和文職務経歴書、和文履歴書、英文レジュメ)の作成を行いました。そして在学中から現地エージェントに登録し、Skype面接を受けていました。海外就職アドバイザーの神農さんと面談を通じて書類作成に取り組み、終わったのは、卒業の数週間前ですかね。そのうち、2週間は英語面接の練習に充てました。

ーー海外就職アドバイザーとの面談を通じて、書類作成をされたかと思いますが、いかがでしたか。

面談を通じて、書類を作っていくと同時に、自分の考えや将来のプラン、今までやってきたことをまとめることができたことはよかったです。おかげさまで、面接で質問された際、答えに窮したことはなかったです。面談終了時点である程度自分の中で「なぜ海外就職なのか?」を起点にした筋が通っていました。

ーー面接では、どんなことを聴かれたんですか?

主には「なぜ海外なのか?」「なぜマレーシア?」「なぜ営業を志望するのか?」と聴かれました。

ーーちなみに、最終的になぜマレーシアを選ばれたのでしょうか?

できるだけ長く、海外で働きたかったからです。長く働いていく上で、できる限り生活のストレスが少ない国である方が良かったです。

そもそも、就活はシンガポール、マレーシア、フィリピンの3ヶ国で行ったんです。一番最初の国選びの基準は、「日常的に英語を使って、生活・仕事ができる」ことでした。しかし、実際に就活してみて、シンガポールでは私の経歴では少し厳しかったです。またフィリピンは、サウスピーク卒業後少し学校外に滞在していたのですが、学校外で生活することが少し大変だなと感じたんです。

就活しながら現地エージェントの担当者の方の話も聴いていく中で、それなら、マレーシアが生活はしやすそうだ、という結論に達しました。人材エージェントの担当者の方にお伺いしても、「マレーシアは暮らしやすい」というお話を頂きました。特にフィリピン・セブ島で暮らすことは、他の国と比べて少しハードらしいですね。「マレーシアでは、大雨のときに道路が冠水することなんてないですよ(笑)」と言われたこともありましたよ(笑)

ーーたしかに、セブとマレーシアで比べると、インフラ面の安定感は雲泥の差がありますね。セブには電車もないですし。国選びの基準は、いつごろからお考えになっていたのでしょうか。

神農さんと面談を始めてからですね。サウスピークではどうしても英語学習の優先順位が高くなるので、極力面談中、考えることに集中していました。面談は、神農さんから質問されて回答するためにその場で考え、回答したことを整理してもらう時間でしたね。面談も主に週1回のペースで、無理なかったです。

転職未経験、初海外就職の時点からスタート、「日本人としていかに働いていくべきか」を考えるようになった

ーーそうやって、マレーシアにお決めになられたんですね。今回、Yoshiakiさんは人生初転職ですよね。初転職、初海外就職と、なかなかハードだったかと存じます。

そうですね、ほんとうにプランで面談をするまでは、転職と海外就職について知識がゼロでした。「海外就職って、転職活動ってなにをしたらいいの?企業からはなにを求められるの?」というところから始まりました。その意味で、ゼロからサポートしてもらえて助かりましたね。

ーー特にどういったところに、驚きを感じられましたか。

まずは、「日本人メリット」という考え方に驚きました。私達日本人は、日本にいたら「外国人の間における日本人としての価値」なんて考えることは、皆無じゃないですか。海外就職は、「日本人担当者として、日本人に対して基本的な対応ができること」が求められます。それは、アジアにある数多の日系企業と仕事をする上で、日本の商習慣に則って働ける日本人が必要だからです。

実際に面接を受けてみても、とある企業の方は、「日本語話せる人も、能力が高い人も、ローカル社員にはいる。しかし、日本人として日本の商習慣に則って、日本人と働ける人はいない」とおっしゃっていました。ローカル社員の方に、日本の商習慣や考え方を完全にインプットするのは無理、とはっきり言われましたね。だから、私でもアジアで働けるんですよね。

こういったことは、海外就職でもしない限り絶対に知ることはありません。その意味で、ものすごく驚きましたし、勉強になりました。「日本人であることって、場所を変えればそんなに特殊な能力なんだ」と。

キャリアの棚卸しとは、「海外就職人生の地図」を描くことである

ーー海外就職プランにおける、海外就職アドバイザー・神農との面談はいかがでしたか。

「第三者目線」で、「自分はどういう強みがあるのか」という自問自答に付き合ってくれることがありがたかったです。結果的に、私は「ものごとを俯瞰的に見る」という行動原理を持っていることを明らかにしてもらいました。

ーー自分の強み、というのは分かっておくべきなのでしょうか。

自分が基本的にどういう考え方をする人間なのか、成果が上がるときにどういう動き方をする人間なのかということは、営業職としての動き方に大きく関わりがあります。いわば、自己PRでPRすべき要点なんですよね。「自分が営業として働くのなら、こういう考え方で動いて成果を再現します」という再現性のPRなんです。

前職でも、うまくやれていたときは、「顧客利益」「自社利益」双方をとるために、動いていました。自分でも薄々感じていたことはありましたが、こういう形で第三者の方に言ってもらえることはありませんでした。

ーーこういった強みの特定は、ひとりではできないものなのでしょうか。

ひとりでも考えることはできますが、考えたつもりになるかもしれないな、と感じました。それくらい多角的に、深く聴いてもらったんです。自分で自分のことを考えるといっても、その自問自答の精度が高いか低いかなんて、わからない人の方が世の中には多いのではないでしょうか。それを完全なる第三者である海外就職アドバイザーに付き合ってもらうことは、このプランのひとつの価値なのだと思いました。

後編に続きます)

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執筆者
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Ryo Kanno

海外就職アドバイザー。インドネシアでの勤務経験を生かし、海外就職・海外転職対策講座にて海外就職のサポートを行っています。海外就職をメイントピックにした個人ブログ Keep Rockin’!BRO を運営中です。Twitter IDは@kanchan_r