【この記事のポイント】

  • 高校生の時に行った1年のブラジル留学で南米に興味
  • 授業が英語で行われる上に発言しないと評価されないから必死に頑張った
  • 中南米での経験が就活の武器になった

Hidenoriさんは、立命館アジア太平洋大学(以下:APU)大学1年生の時にサウスピークに留学しました。その後、トビタテJAPANを利用して、メキシコの大学に交換留学に行きました。現地では、JETROでインターンシップを経験されたそうです。その後、就職活動を成功させ無事に希望する会社から内定をもらいました。そんな彼に交換留学を中心にインタビューをさせていただきました。

-こんにちは。今日はよろしくお願いいたします。

よろしくお願いします。

-まず、早速ですが、メキシコへの交換留学に行ったそうですが、もともとメキシコに興味があったんですか?

そうですね。メキシコというより、南米や中南米に興味がありました。高校生の時に国際ロータリーに参加していたことで、1年間ブラジルに留学に行ったんですよ。それで、南米や中南米に興味がでました。大学をAPUにしたのも、それがきかっけですね。

-大学1年生の時にサウスピークに留学きたのはどうしてなんですか?

海外に行ったことがあったので、簡単な英語のコミュニケーションはできていたんですが、読んだり書いたりするアカデミックやビジネスで必要な英語力が足りないと思っていたので、サウスピークに留学しました。あと、のちのちの就活も考えるとTOEICスコアを取っておきたいとも思っていました。1ヶ月の留学と留学後の学習でTOEIC600点から735点まで伸ばすことができるようになりました。

-その後は、大学ではどのようなことをしていたんですか?

APUには国際寮という寮があるのですが、そこの寮長を勤めていました。ベトナム、インドネシア、タイ、ブラジル、中国、韓国などいろんな国からきている学生がいるのですが、それをマネージメントするみたいな役割ですね。ここでもコミュニケーションは英語でしたね。

-APUはやっぱり国際的な学校ですね。あとは、交換留学の申請ですか?

そうですね。メキシコのモンテレイ工科大学の交換留学の申請を行いました。

-選考は厳しくなかったの?

厳しかったですよ。モンテレイ工科大学に交換留学で行けるのは1名だけでしたが、7名の応募がありました。

-よくその中で、選考を勝ち抜けましたね?なにが決め手ですか?

パッションじゃないですかね 笑

-パッション? 笑

いや、それはある程度本当で、入学からずっとあった中南米に対する想いとか、してきた勉強とかも大事だったと思います。
あとは、TOEFL PBTでも537点取れていたので、TOEFL500点が最低基準でしたので、そこはクリアできていましたね。

-TOEFL PBTは未だに利用できるの?

利用できますよ。APU内でも3,500円で受講できるんですよ。

-それはいいですね。選考の面談では何を話したんですか?

他の人たちは中南米と日本の架け橋になりたいという人が多いんですけど、僕はちょっとやりたいことが違っていました。僕は、日本企業が中南米で利益を出せるようにしたいと思っていました。そこで活躍できる人材になりたいという点を強調して話すことができたので、そこが差別化になったかもしれないです。

-それで、合格したんですね。そのあとは、そのまま留学されたんですか?

いえ、実は留学に行くためのお金がなかったんですよ 笑
なので、トビタテ留学JAPANに応募しました。

-え!?いまさら? お金の目処たってないのに交換留学申し込んでいたの?

そうです笑
トビタテが受からなかったら借金するか、クラウドファウンディングをしていたと思います。

-その意志は大事だよね。でも、トビタテはお金も全部出してくれるし、あとコミュニティもいいよね。トビタテの選考はどうでしたか?

トビタテの選考は2回あるんですけど、1次選考は書類審査だけでした。2次はトビタテを支援しているスポンサー企業の人がきて面談とプレゼンテーションを行いました。

-それで、無事に合格できたんですね?

そうです。

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メキシコのモンテレイ工科大学へ交換留学

-それで、メキシコのモンテレイ大学へと交換留学ですね。最初は苦労しましたか?

スペイン語が全然わからなかったです 笑

-授業もスペイン語なんですか?

いえ、授業は英語で行われていて、30人くらいの少人数制でした。発言しないと評価対象にならないので、かなり必死でした。

-英語の授業はどのくらい理解できました?

ちゃんと予習をしていって、8割くらいは理解できるという感じでした。最初の方の授業は辛かったですね。
あと、課題をグループでやるというのが多かったんですけど、時間のマネージメントを自分でやらないといけないというのが大変でした。

-どいう意味ですか?

自分がタイムマネージメントをしないと、みんななかなかやらないんですよ 笑
エンジンがかかるのが遅いというか。それで、いつも自分がタイムマネージメントをするという。。。

-やっぱりそこはラテン系ってことですか?

まあ、そうですね。すごく優秀なんですけど、時間にはおおらかな人が多かったです。でも、人間関係もしっかり構築しておかないとなかなか上手くいかないので、一緒にご飯食べたり、飲みにいったりしないと難しかったですね。仕事だけできれば問題ないみたいな雰囲気ではなかったです。

-生活はどうでしたか?

最初の一学期目は大学の寮で生活をしていました。洗濯もしてくれるので、非常に快適にすごせました。2学期目からはインターンシップをすることになったので、隣のメキシコシティに移動することになりました。そちらのほうが生活は大変でしたね。

-どう大変でした?

まず寮から出たので、自分で家の契約する必要がありました。メキシコシティのいい場所だったので、家賃もなかなか高かったです。あと、インターンがある日はシェアリング自転車で職場まで行って、家に帰ってきて夜は学校の勉強をしていました。学校のある日は、インターンには行かずに朝5時半にスクールバスに乗って学校に行っていました。

-ご飯はどうしてたんですか?

朝夜は家で食べてました。昼は学校の食堂でしたね。1食300円くらいなので、そんなに物価はたかくないですね。
ご飯でいうと、学校の図書館でチャーハンを売っていたことがあります。

-チャーハン? お小遣い稼ぎ?

そうですね。儲かるかなと思ってやってみました。最初10食くらい作って300円くらいで販売していたんですが、全然売れませんでした 笑

それで、メキシコ人の友達を数人家に呼んで、チャーハンを食べさせたんですよ。

-フィードバックもらったのね。

そうです。そうするとまず味が薄すぎることがわかって。いろいろ、味を変えてもう一回販売してみました。


-それで売れた?

最初の一人はなかなか売れなかったんですけど、1人に売れたら評判になって毎回完売するようになりました。

-すごいね。いい小遣い稼ぎができたわけだ。

そうですね。チャーハンなんて原価安いので、毎日10個作って3,000円くらいで売れていました。

JETROでのインターンについて

-その行動力がすごいね。インターンはどうでしたか?

2学期からメキシコシティでJETROでインターンシップをさせていただきました。

-JETROのインターンってなにやるの?

日系企業に提供する情報収集をしていました。例えば、メキシコのインフレ率が上昇したことや、砂糖の入っている飲料にかかる税金がたかくなったことなどが、日本からメキシコに輸入される商人にどのような影響を及ぼすのかだとを調べていました。

-どうやって調べるんですか?

基本的には、新聞とかの情報はあまり当てにはせずに政府が公開しいてるデータベースなどから情報を得ていました。米国の農務省とかメキシコ政府のウェブサイトからですね。なので、英語とスペイン語を読んでそれをまとめるというようなことをしていました。

-他にはどんなことをしましたか?

メキシコの芳香剤の市場調査を行ったり、あと日本のポップカルチャーについても調べました。日本のポップカルチャーの展示会があったので、そこに参加させてもらって、日本のソフトコンテンツが現地でどのように受け入れられているのかについてレポートを書いたりしました。

-良い体験ができたんですね。

そうですね。JETROでインターンシップをさせてもらってよかったです。

-交換留学から帰国して就職活動はどうでしたか?

就職活動は中南米と関係のあるところを7社ほどうけました。自分を中南米に行かせてくれそうな会社ですね。結局、古河産業とい会社で働くこととなりました。中南米にいける人材を探している会社だったので、就職活動は大成功だったと思います。

-大学での経験が活きてよかったですね。最後に大学生に向けてひとことありますか?

そうですね。やっぱり大学生の早い段階で英語のスコアは取っておいたほうがいいと思います。客観的なスコアがないと他の人にも伝わらないし、評価されないのでチャンスも来ないと思います。交換留学もインターンシップも英語力の客観的なスコアを求めてくることがほとんどなので、それは本当に早くやっておくのがいいですね。

あと、これはAPUの生徒に向けてですが、APUの環境を最大限に活かして欲しいなと思っています。日本人が英語でこんなに授業を受けられる環境は他にないと思うので。だからこそ、特に早い段階で英語を終わらせて4年間をただの国際交流で終わらせないでほしいですね。留学生の彼らと英語で競い合って欲しいです。