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【記事のポイント】

・海外に住みたいというのがきっかけでオンライン英会話を開始
・リスクを理解しつつも退職して長期留学を決意

エンジニアとして仕事をしていたMasahiroさんは、フィリピン留学を終えた後にタイで仕事をしています。どのような経緯でタイ働くことを決めるたのかについてMasahiroさんに寄稿して頂きました。

ベルリンで育った幼少期

物心ついた時、ドイツのベルリンに住んでいました。当時はまだ冷戦が終結しておらず、ベルリンの壁が東西ドイツを物理的にも政治的にも隔てていました。商社勤務だった父が東ドイツの駐在となり、家族(両親と姉と私。弟は現地で誕生。)一緒に転勤。東西ドイツの生活水準の差が非常に大きかったため、会社は東側にあるにもかかわらず、私達家族は生活水準の高い西側に住んでいました。

父は毎日国境を越えて通勤していたわけです(許可なく越境を試みると射殺されます)。当時幼稚園児だった私にその辺の事情や「壁」の意味など理解できたはずもなく、「落書きだらけの汚い大きな壁が近所にある」という程度の認識しかありませんでしたが。

ベルリンの壁が崩壊して、小学校に上がる前に帰国してしまいましたが(だからドイツ語は完全に忘却の彼方です…)、その後も海外旅行好きな両親に連れられて北欧に旅行したり、大学生の頃は自分でアメリカやイタリア、フランスに行ったり。幼少期の体験の影響か、揃って海外好きな両親の遺伝か分かりませんが、昔から単純に海外が好きで、将来は海外とかかわる生き方ができたら良いな、と漠然とではありますが、ずっと思ってきました。

海外に住みたいと思いオンライン英会話を始める

海外にももっと行ってみたいし、英語も上達したいとずっと思いつつ、具体的な行動が起こせないまま、気づけば20代後半。教材を色々試してみたり、通勤中にオーディオブックを聴いてみたりはしていたものの、仕事が忙し過ぎたこともあり、成果が出せないまま何年も悶々としていました。そんな時、とある勉強会に参加しました。そこで実質的に初めてオンライン英会話に出会いました。

それまで「オンラインで安く英会話レッスンが受けられる」という情報は何かで目にしていました。しかし、Skypeというインフラと人件費の安価なフィリピン人講師を活用して、『一ヶ月毎日レッスンを受けても5,000円!』というような破壊的な価格設定を実現していました。また、講師達の水準も一般的な認識よりもずっと高レベルだ、と伺ってかなり衝撃を受けました。

それまでSkypeは何度か試しに使ってみたことがある程度、フィリピンとは何の所縁もありませんでしたが、早速試してみることにしました。

フィリピンへの短期留学

サウスピークのモニーク講師と

サウスピークのモニーク講師と

オンライン英会話が画期的なのは間違いありませんが、事はそう簡単に進みませんでした。仕事が更に忙しくなっていく中で、毎朝5時からのレッスン受講を一年弱継続しましたが、目に見えた成果は得られませんでした。今思い返せば、予復習は通勤中の電車内で可能な範囲のみで、慢性的に睡眠不足、しかも仕事関連の勉強を優先しなければならない状況。上手くいくハズがありませんでした。勉強法を改良するか、何か新しい解決策を講じなければと再び悶々としていた時、何気なく眺めていたTwitterのタイムラインで、サウスピークができたことを知りました。

2013年の5月。一週間滞在した初めてのフィリピンは思いのほか快適でした。事前に生活面での期待値を下げておけたのが幸いしたのだと思います。レッスン内容等については体験談が既に数多くUPされていますので割愛しますが、事前に伺っていた宣伝文句に偽りはなく、10代〜20代前半に長期留学ができる大学生の方を心から羨ましく思いました。

何かを学ぶのに遅過ぎるということはないという言葉は真実だと思います。実際,2014年に2度目の留学をした際には、40代や50代で留学されて熱心に勉強されている方にもたくさんお会いできて、尊敬できる方もたくさんいらっしゃいました。ただ、それでも残酷な事実として、スポーツや芸術、語学等は学ぶのが遅ければ遅いほど費用対効果が悪くなります。上達に要する時間が長くかかる上、一定水準に達した後に活用できる期間が短くなるからです。

帰国前にスタッフに「英語をきちんと身につけるために必要な留学期間」を尋ねると「最低3ヶ月」とのことでした。これまでのご経験からの事実を伝えてくださっただけだったのでしょうが、これが中々ショッキングでした。どう考えても当時の仕事を継続しながら3ヶ月の休みをとるのは不可能だったからです。一週間の休みをとるだけでも、事前の調整がどれだけ大変だったか…。更に「勉強しにフィリピンに行く」などと言おうものなら、ただでさえ社内では「変人」だったのが「変態」に昇格してしまいます。有形無形の不利益がありそうだったので渡航理由はテキトーにでっちあげました。まあ、お陰で「ちゃんと英語を勉強したかったら今の仕事は辞めるしかない」と腹をくくれましたが…。

この滞在中にお会いできた方達の影響も大きかったです。ちょうど渡辺さんや、後にスタッフとして勤務することになる憲子さん、そのご主人で海外就職研究家のもりぞおさんが滞在されていたからです。

渡辺さんは英語のまるでできない状態からTOEIC700点を突破してシンガポールで就職という、後にサウスピークの代表的な成功例となった方なので、面識を得られたお陰で、サウスピークで集中して勉強すれば渡辺さんのように成果を出せるということを実感を伴ってイメージできました。

もりぞおさんと憲子さんのこともその時まで知らなかったのですが、印象が強烈だったので、帰国後にKindle版でもりぞおさんの「アジア就職読本」を読み、「も研」というFacebookのコミュニティにも参加。特殊な境遇や傑出した能力がなくとも「日本と同じ程度の収入を得つつ、日本以外の国で働く」という現実的な選択肢があり、実例も既に十分存在するということを知る契機になりました。

振り返ってみると、たった一週間の滞在だったにもかかわらず、上記の方々とご一緒できたのは大変な幸運でした。

退職して長期留学

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帰国後も何ヶ月か検討期間があったのですが、仕事が忙しくなる一方で、それでいて待遇が良くなるわけでもなかったため、閉塞感を覚えると同時に、体調管理すら難しくなってきていました。そうこうしている内に年齢も28になり、きちんと英語を勉強して海外就職という選択肢を試してみたいというプラスの動機と、この生活の延長線上にある未来ならいらないとういマイナスの動機から、退職して長期留学することを決意しました。

この選択をした際に想定される最悪のシナリオは、退職してフィリピンまで行って何ヶ月も勉強したにもかかわらず成果を出すことができず、その後の海外就職にも失敗して帰国する、というものです。

これはどの程度悪い状況でしょうか。

私は未婚で子どももいませんので、どんな結末になっても基本的に人様に塁が及ぶことはありません。良くも悪くも自分のことだけを考えていれば良い境遇です。また日本の都市部では贅沢を言わなければ仕事そのものはあります。雇用保険を受給しながら職業訓練を受講し、仕事を斡旋してもらえるという恵まれた制度まで東京にはたくさんあります(他都道府県にもありますが充実度のバラツキが大きい)。サラリーマンの給与明細を見た時,年金は悪質な詐欺としか表現できない公的欠陥金融商品ですが、この雇用保険+職業訓練の組み合わせは、まともに機能している数少ないセーフティーネットの一つです。健康を大きく損なったりしない限りは十分に再起可能なわけで、そう考えると日本の中流家庭に生まれたのは本当に幸運なことだったのだと改めて感謝もできました。

このままの環境に甘んじていれば遅かれ早かれ何らかの形で破綻することを考慮すれば、想定され得る最悪のシナリオでさえ十分に受け入れられると判断できました。問題だらけの現状を改善し、英語を勉強したいという希望も叶える現実的な選択肢があるのに、不満だけを口にして甘んじるのはただの怠慢です。

早速、「も研」で紹介していただいたGJJという海外就職のエージェントに登録。英語の要件さえ満たすことができれば、これまでのキャリアで十分にアジアで仕事があるということを確認し、必要書類を作成。サウスピークに留学の申し込みや予防接種等も済ませ、準備を進めました。

留学後の生活と勉強についてはスタッフの神農さんが体験談にまとめてくださっているので、ここでは割愛します。神農さんはGJJを利用して海外就職(インドネシア)した先輩でもあったため、お話を伺えてとても参考になりました。

しっかりとした成果を出した生徒に送られるレジェンドメダル

一定の成果を出した生徒に送られるレジェンドメダル

留学後は基本的には毎日コツコツ勉強するだけの生活で、何とかTOEIC800点も突破し、就職活動対策も最後の数週間で集中的に行い、2015年1月頭に就職活動でタイとベトナムへ向かいました。

第二回 アジアでの就職活動

↓ 現在サウスピークでは海外就職希望者に向けた対策講座を実施しています。
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