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・半年でTOEIC455点アップ

・ゴールから逆算して目標を達成した

・サウスピーク経由で求人の紹介を受けてから1週間で採用の通知

前回は、就職活動失敗後に英語を勉強しようと決め、サウスピークに留学するまでについて書きました。今回は、留学中の出来事とシンガポールでの就職が決まるまでについてです。

↓ 前回はこちら
就活失敗、TOEIC250点からシンガポール外資系企業で最年少日本人として勤務するまで (1)

忘れられない英語での自己紹介

TOEIC250点、英語の全く出来ない状態でサウスピークに入学。

サウスピーク到着後、1分間の英語での自己紹介ビデオを撮りました。留学後にどれくらい英語が出来るようになったかを比較する為です。
あの1分間の出来事は今でも鮮明に覚えています。

ビデオカメラの前に座り、録画がスタート。

「My name is Nariaki Watanabe. 22years old. I stay half a year… this school.」


それ以上何も出てきません。言いたい事はあるものの、なんせTOEIC250点です。英語で何も言えません。

見かねたスタッフが助け舟を渡してくれます。

Why do you come here? What’s the purpose of your studying in the Philippines?

…???

彼が何を言っているのか分かりません。

沈黙のまま1分間が経過し、ビデオが停止。結局言えたのは名前と歳と半年滞在するという内容のみ。
いま自分で見るのも嫌なくらい恥ずかしいのですが、下記に当時のビデオを載せます。今では日々英語を使って仕事をしていますが、2年半前はこの状態でした。

下記にサウスピークのスピーチコンテストに出場した時のビデオを載せます。この時点で留学6ヶ月目です。

*サウスピークでの英語学習については、サウスピークの体験談に書かれているので興味があればそちらもどうぞ。

英語能力以外での変化

前回の記事の就職活動の話でも触れましたが、これまでの人生、これといってやり抜いた、と自信を持って言える事がありませんでした。

何か困難に直面すると、現実を見て見ぬふりをしてしまう事が多く、いつも「なんとかなる、適当にやっておけばいいか」そういった考えで逃げてきた場面が多く思い出されます。

しかし今回のフィリピン留学は、大学を卒業後に無職として来ていて、自分のお金と時間を使って来ています。また、反対している人、大丈夫かよと思っている人たちを絶対に見返す、という強い意思もありました。

留学期間中は英語学習を毎日11時間以上していましたが、それでも伸び悩む時期がありました。
特に、ゼロから英語学習を始めたので、ある程度英語が理解出来るようになるまでの期間が、数字としても実感としても伸びがなく、今思い出すと非常に辛い期間でした。

そのとき、これまでのように「何とかなる」で済ますことなく、現実を直視し、目標に向かって努力出来たことが、英語能力が伸びた一番の要因でもあり、フィリピン留学を通じて成長できた部分です。

私のフィリピン留学の目的は英語が出来るようになることだったので、この「フィリピン留学を通じて成長できた」という部分は思わぬ副産物でしたが、これが今の私に大きな影響を与えています。

目標設定と逆算

サウスピーク入学前にスタッフとSkype面談した際に、フィリピン留学中の目標設定をしました。

その際に、ゼロからスタート・半年間の学習でTOEIC600点行けば万歳。600点あれば履歴書にも書ける、と言われました。
私はすぐに、では半年後に700点取ります、と返答したのを覚えています。

サウスピークでの学習中も「6ヶ月目に700点」という目標は常に意識していました。
また、いま自分がどの時点まで到達しており、あとどのくらいの時間があるのか、今の時点でどの部分が足りていなく、では今何をすべきなのかということを毎日振り返り、学習に反映していました。

それまで、「何とかなる」と常に問題を直視しなかった私が、
自分の頭で問題を考え、答えを出し、行動することが出来るようになりました。

そのような大きな心境の変化や自分にストイックになれたこともあり、6ヶ月目に受験した公式TOEIC試験で705点を取り、目標を達成しました。

日本帰国、就職活動

日本に帰国後、最初のキャリアと言う事もあり、日本で就職活動をしていました。

英語を身につけたという事、フィリピンに7ヶ月滞在し、アジアの勢いを目の当たりにし、少なくとも数年後にはアジアを舞台に仕事をできるチャンスがありそうな企業を受けようとしていました。

そんなときに、サウスピーク経由で一件、求人の紹介がありました。

ドイツ資本のグローバルアウトソーシング企業で、IT関連のオフィス業務。勤務地はシンガポール。

いつかはアジアを舞台に仕事をしたいと考えていたものの、初めからシンガポール、ということに少なからず抵抗はありました。また、一応英語は出来るようになったものの、ゼロから7ヶ月間の学習だけでいきなり海外勤務という不安もあります。

しかし、待遇は私がこれまで見ていた日本の新卒の求人条件よりもはるかに良く、近年アジアの中心地と名高いシンガポールという地に魅力を感じました。

そして何よりも決め手になったのが、他の人と同じように日本で働くより、最初から海外で働いてしまった方が面白い人間になる!と確信した事で、ワクワクするところに飛び込まないという選択をしたくないと思いました。

すぐに応募することに決め、求人を紹介してもらった次の日には人材紹介会社の担当者と面接、企業へ応募、と行動を起こしました。

シンガポール就職

応募した会社はドイツ企業で、勤務はシンガポールオフィス。シンガポールがアジアのヘッドクオーターであり、日本にオフィスはありません。

就職の為のやりとりは全てEメールで、面接はSkypeで行いました。

まず英語の履歴書を用意し、書類審査。
履歴書にはフィリピン留学の成果を具体的な数字で書き、自分で考え、努力を積み重ねて結果を出した経験、それらの経験をどう仕事に生かすかを中心に書きました。結果的にそれが非常に評価されました。

無事に書類審査を通過し、次に適性検査と筆記試験。ワードで問題が送られ、制限時間内に返信します。問題は全て英語。こちらも何とか合格。

筆記試験の後は面接があり、日本人の人事→日本人のマネージャー→外国人マネージャーとの面接。

いずれの面接でもフィリピン留学の過程と成果、どう仕事に生かすかの話をし、それらの話は非常にウケが良かったです。この部分は自分で誇れる事なので、自信を持って話が出来ます。
大学在学時の就職活動で、返答に詰まり、汗が止まらなく、大失敗だった頃の私とはもはや別人でした。

面接2日後に国際電話で採用の通知がありました。求人を紹介されてから一週間以内の出来事。このスピード感が外資企業だと実感。

一週間前まで、日本企業・日本勤務の就職を探していたのに、急にシンガポールで働く事が決まり、不安ももちろんありました。
しかし、今や日本を差し置いてアジアの中心とも名高いシンガポールで働く事、学んだ英語を使って業務が出来る事、また新たな環境に身を置く事、全てにワクワクし、とにかく楽しみでした。

1年前まで普通の文系大学生で、英語の自己紹介で名前と歳しか言えなかった私が、フィリピン留学を経て、シンガポール就職。
自身の決意と努力によって、自らもたらした大きな変化と新しい生活への期待にとても興奮していました。

↓ シンガポールでの生活が分かるつづきはこちら
大卒、就活失敗、TOEIC250点からシンガポール外資系企業で最年少日本人として勤務するまで (3)