第四回 本気で取り組み、苦難を乗り越え、成果を出し、目標を達成する。マニラオフィス立ち上げで学んだこと

前回、上の記事で英語と海外長期出張について書きました。

公開後に大きな反響をいただきました。また、記事公開から1年、私自身に2つ大きな変化があったため、続きを書こうと思います。

↓ 第一回目の記事はこちらです。
第一回 就活失敗、自分を変えたいという思いでフィリピン留学を決意

【この記事のポイント】

  • 就職活動失敗から逆転の外資系企業就職
  • 英語力ゼロからのシンガポール海外就職

マニラ長期出張を経て二段階昇進

前回マニラ長期出張について書きましたが、記事の最後に
「いずれは組織を動かす立場として働きたいです。」
と書きました。

マニラ出張の成果が評価され、上記記事の投稿1ヶ月後に昇進をし、Supervisorに。この昇進により、小さなチームですがチームのマネジメントを任されました。
当時の私は25歳、社会人歴1年半でした。

マニラ出張期間に、現地の従業員へのトレーニングやマネジメント業務を行い、それ以外にも欧米オフィスのネイティブスピーカーとのコールミーティング等で英語力も精神的にもかなり鍛えられた私。

Supervisorのポジションは自分が一番適任だ!とやる気満々でした。

念願の昇進、失敗の連続。

マニラオフィスで試行錯誤しながらマネジメント業務をしていた中で、成果が出たマネジメント手法をそのままシンガポール業務でも流用しました。
既に自分自身で実績を出してる手法なので、自信を持っての実施です。

全然上手く行かない。

同じ東南アジアでも、国が変われば人も変わります。
マニラ勤務時に日本人のやり方ではフィリピンで通用しなく、フィリピン人の気質にアレンジする必要がありました。
それと同じく、フィリピンで通用していた手法がシンガポールでは通用しませんでした。

昇進したことでマネジメントポジションになり、大きく変わったことの一つとして、仕事の領域が広がったことです。
直面すること一つ一つが初めてのことばかりで常に悪戦苦闘していました。その中で特に難しかったのは「採用と人材育成」です。
この2つは良い組織を作る上で非常に重要な要素ですが、一方で経験の乏しい私には非常に難しい要素でもありました。

自分のチームの人材採用であれば私が面接し、採用権限も与えられました。また、新人の教育プランも私が立てます。

日本人も含め何人もの採用を行いましたが、仕事とのミスマッチですぐに辞めてしまう人や、トレーニングを積んでも伸び悩む人もいました。

ミスマッチが発覚すれば、面接のやり方を見直し、次回からやり方を変える。
新人の伸び悩みがあれば、直接話し、問題を見つけて解決する手助けを行う。またはその人が上手くやれる仕組みづくりをする。

周りに比べて早く昇進をしたこともあり、たまに「成功している」なんて言われることもありましたが、仕事で行っていることは常にトライアンドエラー。非常に泥臭いことの連続で、失敗なんて星の数ほどあります。

チームの拡大

昇進して約半年後にチームの再編成が行われました。

私が勤務していたシンガポールオフィスはアジア・オセアニア地域が管轄で、企業や政府機関、教育機関向けのITソフトウェアのライセンス管理を行なっていました。

私は日本市場向けのチームに所属していましたが、チームの再編成により他の地域を担当するチームと合体し、アジア・オセアニア地域の全ての国を担当するチームの supervisorとなりました。この再編成により、部下の数は増加し、仕事の領域もさらに広くなりました。

チームの再編成前に、日本市場向けのチームが独立していた理由の一つとして、市場が大きいので日本市場向けのチームは独立している、という話を聞いていました。

しかし、チームの再編成後に中国やインド市場を担当してみると、日本よりもはるかに大きい市場であることを知り、驚かされました。

あれ、アジアNo.1は日本ではなかった。

また、中国の一部を除き、他のアジアの国は英語での対応でした。また契約書等も全てスキャンコピーでの対応です。

しかし、日本市場は全て日本語対応必須、契約書は原本が必要とのことで、シンガポールまで原本を送付し、シンガポールで私が署名、日本へ返送ということを行なっていました。

日本人以外のスタッフには、毎日のように「なぜ日本はテクノロジーを含め色々な部分で先を行っているのにわざわざ面倒なやり方をするの?」ということをいつも聞かれていました。

チームの再編成後に自身の担当も広がり、中国やインドの法人営業担当者とやりとりする機会も出てきたのですが、彼らは非常にアグレッシブです。決して綺麗な英語ではないのですが、まくし立てるような話し方に圧倒されます。勢いが違います。

私含め、日本人は皆彼らに圧倒されるでしょう。努力等ではなく、そもそも根底にあるものが違うと思います。

では日本人はどう戦うべきなのか、これまでアジア各国の人と仕事をして感じるのは、日本人は非常に優秀だということです。いい面はたくさんありますが、何よりも勤勉で、細かいところまで気が利き、クオリティーの高い仕事をします。

中国やインドには勢いで負けます。東南アジアの国々も台頭してきています。
そういった中で自分がどう活躍できるのか、どうするのが一番いいのか、ということは常に考えていました。

日本にグローバル化から逃げるという選択肢はありません。
では自分には何ができるのか。何をすべきなのか。

そして退職へ

新卒で海外企業に入社しシンガポール勤務、入社1年後に長期海外出張で新部署立ち上げ支援を行い、シンガポールに戻り昇進、多国籍チームのマネジメントと慌ただしく仕事をしていました。
1年と少しSupervisorとして働いた後、2016年11月15日に退職しました。

一般的には長く働いたと言える期間でないかもしれません。
しかし、全力でやり抜いた2年7ヶ月でした。

仕事は誰よりも一生懸命やりました。その成果が数字でも出ていましたが、他の同僚の2倍、3倍の仕事量をこなした時期もありました。

また、歳や経験に関係なく評価して貰える環境が凄く自分に合っており、若くてもたくさんチャンスをいただきました。

仕事で大変なことは山ほどありましたが、心から尊敬できる上司たちから、同僚たちから、部下たちから、経験から学べることがたくさんありました。

新卒でシンガポール就職を決めた時に「新卒で海外?本当に大丈夫?キャリアとしてどうなの?」ということを何度も言われました。

私でも先が見えない道、前例すらも知らない道を行く怖さはあります。それでも自分はそれが正解だと思い進み、結果新卒でシンガポール就職、という選択肢は私にとって正解でした。
周りに支援して貰いながら、正解を掴み取った、という方が正しいかもしれません。

本当にシンガポールで、あの会社で働けてよかったと思っています。

そして、次にやりたいこと、自分のやるべきことが見つかったために退職しました。あくまでポジティブな退職です。

退職の翌日にはシンガポールを離れ、日本に帰国。現在大人のための英語塾 エングリットの立ち上げを行なっています。

私自身、大人になって一から英語を学び直しました。恥ずかしながら大人になってbe動詞からのやり直し学習でした。そんな私でも、語学学校サウスピークで正しいやり方で英語学習を継続したことで、シンガポールで組織をマネジメントできるような英語力が身につきました。

自身の経験から、英語学習が大変なことはよくわかっています。特に大人になってから学び直すのは本当に大変です。恥ずかしかったりもします。それでも英語を学びたいと思う人がきちんと学べる場を作りたいと思い、エングリットを立ち上げました。

大人のための英語塾 エングリットでは、英語ができるようになりたい人が、しっかりと英語ができるようになるための徹底的なサポートを行います。

次回の記事はエングリットの起業について書きます。

*毎週エングリットの説明会を新宿で行っています。日本で英語学習を行いたい方はぜひご参加下さい。

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