サトウさん

サトウさん(21歳) 都内私立大学の経済学部4年、3年前に大学1年の夏休み時にサウスピークに留学(当時はTOEIC345点)。大学3年次にアメリカのオレゴン大学に交換留学。帰国後に行った就職活動で、外資系コンサルティングファームに内定、来春より勤務開始。

【この記事のポイント】

  • サウスピークで長時間勉強するのに慣れた
  • TOEFLの足切りスコアでは英語力が全然足りず苦労した
  • 1日授業と自習合わせて14時間ほど勉強していた
  • ネイティブに混ざってのレッスンはとても付いていくのが大変だった

 

サトウさんの英語学習歴と英語力の推移、そして外資系コンサルに決まった時点の英語力

高校3年…英検4級不合格

14年間サッカー一色だった生活に終止符を打つ。サッカー以外に何も出来ない事に気付き、新たに自分の強みを作ろうと英語学習を開始。当時の英語力は英検4級不合格。

大学1年4月…TOEIC345点、英語学習を開始

英語学習の方法がわからず悶々としていた頃、Twitterで知ったサウスピークの説明会に参加。いままでの勉強の遅れを取り戻すべく、フィリピン留学を決意。

大学1年8月…フィリピン留学を経てTOEIC625点へ

大学1年の夏休みに1ヶ月間サウスピークに留学。フィリピン留学以前は長時間机に座る事が出来なかったが、フィリピン留学中に1日10時間の英語学習をやりきり、長時間の勉強が苦でなくなる。

大学2年半ば…TOEFL ITP513、TOEICで730点に相当

フィリピン留学からの帰国後も自主的に英語学習を継続。大学の図書館の常連になる。交換留学に必要なTOEFL ITPスコア500を突破、交換留学生として選ばれる。

大学3年6月〜3月末…アメリカの大学へ交換留学。TOEIC900点相当※まで英語力が向上

交換留学生としてオレゴン大学に10ヶ月間留学。帰国後、外資コンサルティングファームへの内定を獲得。

※英語力にいての補足…TOEIC(R)試験の受験が終わっていないため、900点というのは推定です。Reading Partがよほどひどくないかぎりは900点を取れるであろう英会話能力でした。

サトウさん 簡単な自己紹介

都内の私立大学経済学部4年のサトウです。

幼稚園から高校3年までのプロを目指して14年間サッカー選手目指して一筋でしたが、プロへの道を断念してから、英語学習を始めました。高校3年では英検4級に落ちるほどの英語力でした。当時はbe動詞がよく分かっていなかったレベルでした。大学1年の夏休みに1ヶ月サウスピークに留学し、大学3年の6月からは交換留学生としてオレゴン大学へ10ヶ月留学していました。

交換留学が終わり、3月末に帰国して、すぐに就職活動を始めました。15社程度応募して、先日外資系コンサルティングファームへの内定が決まり、ようやく一息ついたところです。

高校3年から一念発起。1年の夏にフィリピン留学

インタビュー形式で記事は作成しました。

インタビュー形式で記事は作成しました。

■プロのサッカー選手から英語学習、さらに外資系コンサルティングファームとは、かなり大きな方向転換でしたね。そもそも、どうして英語を勉強しようと考えたのでしょうか?

私が英語を勉強しようと決めたのは、大学進学が決まった高校3年生のときです。

4歳からずっとサッカー一色で、高校にもスポーツ特待生として入学しました。だから、勉強をほとんどしないまま、指定校推薦で大学進学が決まりました。ですが、高校3年間のサッカー生活で成果を出せなかったのでプロにはなれないことが分かり、プロになれなければ意味がないと思い、サッカーでプロになる道は断念しました。

サッカーを止めた自分が何を出来るのか考えた時、そこで初めて、自分にはサッカー以外何も無い事に気が付きました。サッカー以外で出来ることはなんだろうと考えた際に、サッカー以外の知名度が高くないマイナースポーツを始めることや、プログラミングを学ぶことも考えました。けれど結局、選んだのは英語でした。

■英語はもともと得意だったのでしょうか?

いえ、当時はbe動詞の理解もあやしい英語力でした(笑)。ですが、いまや小学生も学んでいる英語であれば、これから大学生になる自分が本気でやれば、なんとかなるだろうと考えていました。

■英語学習はスムーズに進みましたか。

いえ、自分で勉強を始めてみたものの、それまで全く勉強をしてこなかったこともあり、苦戦していました。その頃、サウスピークの存在を知り、サウスピークが開催するフィリピン留学説明会に参加しました。

参加当時は自分はまだ高校生3年でした。

説明会で聞いたサウスピークの理念、「真剣な人が集まる場所」は、一日でも早く勉強の遅れを取り戻したかった私にはとても魅力的なものでした。だから、大学1年の夏にはサウスピークへ留学することを決めました。

■サウスピークでの1ヶ月間の留学はどうでしたか?

英語力をあげるためには、どのくらいの量をやらなくちゃいけないのかを理解できたことが、とても大きかったです。1日2?3時間程度の学習時間では全然足りない。3ヶ月毎日10時間近く勉強しても、それで英語が身につくわけでないということ。とにかく自分には学習時間が足りていないことを痛感しました。

そして、それまでは机に長時間座ることすら苦痛だったのですが、サウスピークでは1日10時間以上勉強していたので、長時間勉強する習慣を身につける事が出来ました。

フィリピン留学が終わって帰国した後も、大学内で交換留学生の座を勝ち取るべく英語学習を続けました。長時間の勉強が苦ではなくなっていたので、大学の図書館ではいつも同じ席に座って、毎日勉強を続けました。帰国して半年後には交換留学に必要な足切りライン、TOEFL ITPスコア(500点)を取ることができました。

補足 交換留学が決まるまでの勉強について

過去にインタビューを行った記事が有りますので、より詳しいことを知りたい方は下記の記事をご覧下さい。

(過去記事紹介)TOEIC400点以上を上げて交換留学を決めた!サウスピークを卒業した大学生2人にインタビュー。

アメリカでの交換留学生活 大変すぎる最初の6ヶ月

交換留学先の大学構内

交換留学先の大学構内

■いざオレゴン大学へ留学し、スタートはいかがでしたか?TOEFL ITPスコア513は留学生活を始めるために十分な英語力だったと思いますか?

いえ、全然足りてませんでした。最初は周りが何言っているか、まったく分かりませんでした(笑)。

6月からの2ヶ月間は大学付属の語学学校で英語を学んでいました。語学学校なので、そこにいるのは自分と同じように、英語を母語としない外国人の留学生ばかりでした。が、その留学生達の英語が聞きとれず、自分もそれほど話すこともできず、会話が成立しませんでした。

しかし、頑張って語学学校についていって、そこで2ヶ月過ごした頃に環境にも慣れてきて、外国人留学生たちとなら英語で意思疎通ができるようなってきたなと感じていました。

それから本格的な交換留学、正規の学部講義が始まったのですが、そこではさらに辛い毎日が始まってしまいました(笑)。

■さらにつらい毎日ですか

はい、最初の2ヶ月の語学学校の難易度を1だとすると、一気に10ぐらい上がってしまいました(笑)。つまり10倍以上大変でした。

勉強時間自体はサウスピーク留学時と同様、1日10時間勉強の日々が続いただけなので、辛いというわけではなかったのです。が、授業で話されている内容がほとんど理解できないし、そんな授業についていくのが大変でした。いま思うと当時はほとんど笑っていなかったので、いま振り返ると辛かったんだなと思いました(笑)。

■笑うことがなかった、と。現地学生や多国籍な留学生たちとの国際交流を楽しむ、というような一般の人達が想像する留学生活のイメージとはかけ離れてますね

いや、そんな「楽しい国際交流」なんて贅沢なことをしている時間はありませんでした(笑)。

■交換留学当時の1日のスケジュールを教えてもらえますか?

講義を3〜4コマ履修していました。1コマは週に合計3時間、50分ずつ週に3回もしくは1時間半ずつ週に2回の講義でした。

例えば、月曜日のスケジュールだと、朝の9〜10時はAcademic Writing、11〜12時半はJournalism、午後14〜15時半はEuropean Politicsの講義を受けていました。講義の合間の時間は全て予習・復習の時間に充てて、昼食も何か簡単なものを買って、食べながら勉強してましたね。

講義が終わってからは図書館にこもって、17時頃まで勉強。帰宅して夕食を食べて仮眠を取り、19時から24〜25時ぐらいまでまた勉強してました。

■講義で4時間、自習時間だけで10時間近く、勉強してますね。すごい勉強量ですね。

こもって勉強していた大学図書館

こもって勉強していた大学図書館

■どういう基準でクラスを選んでいたのでしょうか?

留学中の目標にSpeaking Skillの大幅な向上を掲げていたので、あえて少人数のディスカッションメインの講義を選んでいました。

補足すると、日本の大学のように大講堂での講義というものもあったのですが、自分はあえて大変だと思われる講義を選択しました。だから、自分は留学生の中でも特に大変な選択をしたと思います。上位2割くらいの人しか選ばないハードモードをあえて選択しました。

■具体的にクラスに何人くらいいて、どんな学生が履修していたのでしょうか。
人数は15〜30人。ノンネイティブでアジア系は1〜2人のみ。自分以外の留学生では、時々中国人の留学生が1人いるだけ。あとは全員アメリカ人の学生でした。人種としては白人の学生が多かったです。

■想像するだけで冷や汗が出てきそうです

いや、もう、ずっと冷や汗をかき続けていました(笑)。自分が選んだのは、少人数で、発言せざるを得ない講義ばかりでしたので、特に。

周りの学生も私の英語が残念なことを知っているので、時にはあからさまに見下すような態度を取られたことも有りました。

■アメリカの大学だと、講義前に読むべき文献も多いですよね?

ものすごく多かったです。一応文献は一通り目を通すようにはしていましたが…あれ、本当にみんなちゃんと読んでいるんでしょうか(笑)?それくらい毎日膨大な量の文献に向き合っていました。

■講義中の発言も大事だと聞きます。発言する機会はつくれましたか?

教授が概要をまとめたスライドを用意してくれていたので、書かれてある内容からヒントを得て、言うべき内容ををまず頭で考えてから、発言していました。
でも、その発言につっこまれても、相手が英語で何を言っているのか分からないし、とっさに言うことが出てこないしで、適切に返答できませんでした。英語力が低かったので、議論を続けられませんでした。

■心が折れてしまいそうなシーンですね

心は完全に折れてましたよね(笑)。でも、心が折れながらも、やるしかない日々でした。

■ちょっと慣れてきたかなと思えたのは、どのくらいの時期でしたか?

1ターム目(4ヶ月)が終わる頃に、ようやく慣れてきたという感覚を持てました。リスニング力があがって、聞き取れる内容が増えました。講義でよく使われるフレーズに馴染みがでてきたのもありましたね。

■成績はどうだったのでしょうか?

アメリカの大学では70%以上で単位を取得できるのですが、全科目ぎりぎり70%でなんとか単位獲得しました。

■本当におつかれさまでした

(次の記事)交換留学先でアメリカ人の友人を作る方法