プロフィール

Masaさん(28歳)※2019年8月現在
サウスピークでの留学期間:12週間
サウスピーク卒業時の英語力:TOEIC840点

サウスピーク卒業生で、インドの日系通信事業社に現地採用されたMasaさん。その後、香港の外資金融メディアに転職し2カ国を経験しています。今回のインタビューでは海外就職に至った経緯や、業務内容、やりがいについて聞いています。

※「そもそも海外就職とは?」という方には、コチラの記事がおすすめです。
参考:ゼロから実現する!「海外就職プラン」 〜なぜいま海外就職なのか〜

「アジアのヘッドクォーター」香港から、日本企業にM&Aの情報を届ける

ーー本日はよろしくお願いします。現在は、どのようなお仕事をされているんですか?

「M&Aに特化したSaaS」で日本企業の皆様に営業をしています。1ヶ月のうち3週間くらいは、香港からのコールドコールや、既存のお客様へのコンタクト。残りの1週間くらいは、東京や関西、中部への出張ですね。日本では1日5件くらいのペースで訪問してます。

ーーM&Aのサービス?

あ。これ分かりづらいですよね。うちの会社は世界67拠点のジャーナリストが各国でM&Aの情報を仕入れています。例えば、東南アジアにある財閥系企業のトップに取材して、彼らが「事業の一部売却を考えてる」とか、「ジョイントベンチャーの出資者を探してる」とか。そんな情報を記事にまとめて、ユーザーの方だけに提供するサービスです。

ーーメディアの運営ですかね。

それに近いですね。実務に携わる人に絞ったセミクローズドな。

ーーM&Aのサポートというのは、コンサルティング会社や投資銀行に依頼するイメージでした。メディア会社がサポートする場合もあるんですね。

実は海外のほうが認知度が高いんですよ。世界全体だと3500社くらいが利用してくれてますね。日本では日経平均に入るような大きい会社や、金融機関のお客様に使ってもらっています。

ーーすごいですね。

なんというか、M&Aの世界では「マストツール」の1つには数えられています。

「日本人」だから高額なサービスを営業できる

ーーそんな大企業に対するBtoBの企業で働く際に、どんな役割を求められるのでしょうか。

やっぱり「日本のトップレベルの人たちに営業すること」じゃないでしょうか。相手は将来、役員になるような人たち。そこまでいくと正直、日本人じゃないと難しいです。

ーー日本人じゃないと難しい?

そうですね。例えば外国人で日本語が話せる、くらいの人だと、電話の取り次ぎの頼み方や、日本企業の仕事の進め方を分かってないことが多い。それだけでも電話口につながらなくなってしまう。だから「日本式の営業」ができる人じゃないと、取引まで行き着かないです。外の目から見ると日本はGDP3位の大国なので、そこにすり合わせないと。

ーー海外の人は、日本の慣例を勉強しないんですかね。

その質問は鋭いですね。正直いって凄く勉強してます。下手すると普通の日本人よりも理解している人もいます。

ーーだとすれば、そういう海外の人が先ほどの「日本人の役割」を取って代わることがありえそうですが。

うーん。そこが難しくて。というのもお客様が契約の最後の最後でサインを「するか、しないか」というところでは、どうしても日本人の営業マンを超えられないと思います。日常での大きな買い物をイメージすると、外資系の自動車ディーラーでも、日本の店舗には日本人の営業さんがいるじゃないですか。それは「誰から買うのか」が重要だからなんです。最後の意思決定というのは人間の感情なので「営業マンが日本人である」というのが、意外と大事だと思います。

ーーそうなんですね。

法人向けのサービスも同じように高価な買い物なので、最後は担当者の方のお気持ち次第というか。しかもその方々は抜群に鋭いので、曖昧な受け答え一つで勝機を失います。だから「日本人の役割」として「日本のトップレベルの人たちに対して、営業すること」が求められるのだと思います。

ーー実際のところ、仕事をしていてプレッシャーを感じませんか?

それはとても。やっぱり16時くらいには疲れちゃいますね。私は500社くらいリモートで営業して、毎月複数の新規の取引を頂くので、かなり効率的に働かないといけません。それに「残業する人は優秀じゃない」という外資の風土の中で、KPIを細かく英語で詰められて、言い訳に苦労することもありますね。

ーー香港で働かれていて、成果を挙げたと思うことはありますか?

「外資系企業の香港ヘッドクォーターで、1年間生き残れた」というのは、小さな成果だと思うんです。というのも正直、今の会社ではポジションは安定はしてないです。言うなれば「いつてもクビが切れる助っ人外国人」でしかない。だからこそコンスタントに結果が出せる必要があるし、成果は給料にも跳ね返ってきます。

そんな環境もあって日本やインドにいたときより、「クソッ」「自分が仕事できないな」と思うことがすごく増えました。周囲の人と比べて落ち込むことも日々ありますが、勉強になることも多いです。

ーーいつクビになるかわからない状況でも、Masaさんの経験があれば、どこでも就職できるのではないですか?

そうですね。「日本で年収1000万超える営業のポジションあるけど、アプライする?」みたいな感じで、ヘッドハントのオファーが来ます。ただこれは、単に「外資系あるある」だと思っています。わたし自身が特殊なわけではなく、海外や英語を使った仕事をしていれば、普通のことかなぁと。

「もうダメだぁ…」新卒入社先での苦悩と海外就職の決断

ーーそんなMasaさんは、どういう経緯で現職に就かれたんですか?

大学を卒業するくらいまで、まぁ…不真面目だったんです。新卒で就職するときは「最初に内定を出たところでいいや」って、あんまり深く考えませんでした。内定先を金融機関に決めたのは強いて言えば、「お金のことを知っていれば、後々どこの業界に行っても大丈夫」と安易に思ってました。それに「コテコテの日本企業で働きたい」というのもあった。

ーーそうなんですね。

でも正直、新卒で入った会社は、自分に合ってなかったなぁ。それでも長い人生の一部としては日本らしい企業で働けたのは良かったのかな。

ーー「日本らしい企業」とはなにか、知りたかった?

興味はありましたね。実際に働いてみると、初めて使うFAXとハンコがなければ仕事が進まなくて、「何世紀前の世界なんだ」って思いましたけど。当然、支店では浮いてましたし、歳の離れた上司にも結構しごかれました。

ーーそれは、辛い経験ですね。

そういうこともあって、新卒で入社し3ヶ月目くらいで「このままここに居座るとやばい」と思いました。言ってしまえば、自身のキャリアの終わりが見えてしまった。

帰りの駅のホームで「もうダメだぁ…」と黄色い線の向こうをイメージしたことも何度もありました。そういえば、日本って電車がよく止まりますよね。

ーその経験があって、日本で働く以外の選択肢ができたんですか。

そうですね。入社1年目の夏休みに「とりあえず、息抜きに海外に行ってみよう」と思って、パスポートを取りました。初めてシンガポールに行ったものの、自分の英語が全く通じないことに気づいて。7日間の旅行のうち、最後の4日くらいは、ゲストハウスのベッドの上でスマフォをいじってました。それが強烈に悔しくて、英語の勉強を始めたんです。

ーーその後、サウスピークに留学されたと。どれくらい英語力が上がったんですか?

TOEICで620点が3ヶ月で840点まで上がりました。ただ、「自力で英語学習をしても、話せるようにはならない」と思って、留学中はスピーキングと発音矯正に注力した記憶があります。TOEICの点数は結果として上がりましたが、正直あまりこだわっていなかったです。

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ゼロから実現する!「海外就職プラン」 〜なぜいま海外就職なのか〜

インドでの「ハードルの山で仕事する」経験が営業スキルを身につけた

ーー日本で働く中で、海外就職という選択肢が生まれた。その上でなぜ「インドで働くこと」を選ばれたんですか?

私は「越境体験」と呼んでいるんですが、日本と落差の大きい環境での体験が人生のネタを増やせると思ってたんです。日本とインドを比較すると、パッと統計を見ても人口が増えていて、経済がイケイケな印象でした。日本とかけ離れた環境であれば、五感で得られること、学びが多いかなと思ったんです。

ーーそうだったんですね。実際にインドで働いてみて、どのような成果を残せましたか?

「ハードルの山で、知恵を絞って仕事をしたこと」は成果だと思います。日本にはないような障害が、たくさんありますからね。

というのも私は、インドにある日系の通信事業会社に転職したんです。そこで、とあるお客様から「インドで新しい拠点を作り、通信回線を引きたい」という話がありました。ただ当時のインドでは州を越えてモノを送ると税がかかったり、オフィスを設立するビルのオーナーから「建物の使用料」という名目でお金をせびられたりするんです。

ーーそうですよね。

そのコストの慣行を理解してもらうよう、お客様に事前に説明したり、反対にビルのオーナーを説得したりする。加えて、現地のインターネットプロバイダーは、納期を守らない人が多いので、人の数だけハードルがありました。そのような「人」や「社会的制度」の障害を乗り越えて、お客様が満足する品質・納期のサービスを営業するのは難しく、とはいっても面白かったです。

ーー「言語」の障害は、なかったんですか?

それはもうサウスピークのおかげで。なんとか現地の人々に要求を通すレベルまでに達しました。あとは現地で待っている上司が「インド英語のリスニング」と言う書籍を紹介してくて、ひたすらシャドーイングしていました。

ーーTOEICで840点まで上げた状態なら、インドにある「外資系企業」への転職を検討されなかったんですか。

外資系企業はやはり、インド人を雇うんですよね。わざわざ日本人を雇う必要がないと思います。

香港とインドでの2カ国就労の経験が、営業マンとしての活路を見出した

ーーいずれは、やはり「日本に戻りたい」と考えられているんですか。

そうですね。今は3年くらい海外で働いていますけど、日本の市場は大きいですし、住むにはいいですもんね。それに実際にオファーが来るので、ある程度タイミングを選べるかと。

ーーまさしく海外キャリアの積み方として、いい方向に進まれていますね。

そうですね。この3年間サウスピークも含めて海外就職せずに、日本で20代を過ごしていたら、電車に飛び込んでいたかもしれない。

ーーいやいやあ。

これはほんとですよ。生き延びれてよかったです。

ーー最後に、海外就職を検討されている方に向けて、メッセージをお願いできますか。

中期計画と言いますか、人生のキャリア設計を2〜3年で区切って「こうなりたい」と決めると、短期の目標も立てやすいと思います。海外に出ることは華々しく刺激的なんですけど、決して、それだけを目的にするのではなく、いろんな選択肢を検討した上で海外に出ると、実りが多くなるような気がします。

ーーMasaさんは今後「どうなりたい」のでしょうか?

ふわっとしてますけど「営業で飯を食える人」になりたいです。AIが出てきても「人と人が話をすること」はなくならないじゃないですか。ロボットと交渉しても味気ないですし。営業のスタイルや扱う商材が変わっても、しばらくは社会で生き残れると思います。

――Masaさん、ありがとうございました!